心臓MRI やCT検査等の非侵襲的検査の発達により,心臓カテーテル検査の適応・意義が変化している.形態は非侵襲的検査でほぼ診断できるた
め,心臓カテーテル検査の適応は,非侵襲的検査では得られにくい形態診断(複雑先天性心疾患),冠動脈造影(特に,川崎病冠動脈病変)および,
血行動態評価(特に,肺血管抵抗,圧較差,短絡率等)である.また,心臓カテーテル検査ではカテーテルインターベンションが,電気生理学検査では
カテーテルアブレーションや,植込み型除細動器(ICD)の適応決定等,カテーテル検査の治療的側面が強まっている303)−306).
心臓カテーテル検査
カテーテル検査による診断情報の質および有用性は,検査前計画と準備,術者の知識と経験に依存する307).カテーテル検査前に必要な情報は,過
去の手術記録,カテーテル検査記録,心外異常の情報等がある.短絡疾患において,身体所見や他の検査との総合判断による中等度以上の肺高血
圧を認める場合は,治療方針の決定のためにカテーテル検査が必要になる.特に,複雑心疾患では肺血管抵抗を計測することが求められる.高度肺
高血圧で治療方針決定のために血管反応性を評価する必要がある場合,100%酸素,一酸化窒素,血管拡張薬に対する反応性を評価する308).短絡
がある場合,肺体血流比(Qp/Qs)や肺血管抵抗(Rp)は熱希釈法では評価できず,通常,Fick法を用いて評価する. 酸素消費量は,LaFargeの推定
式が使用されるが,実測することが望ましい309),310).
① 成人先天性心疾患のカテーテル検査の一般的原則
患者の体格,心内腔拡大,血管の湾曲,蛇行等のため,小児とは違う意味で,慎重なカテーテル操作を必要とする.血管アクセスは,大腿静脈穿刺
法が広く使用されるが,橈骨,内頸,腋窩,鎖骨下静脈等の多種のアプローチ法もある.高度の肥満は血管の局在,止血を困難にする.カテーテル検
査による動脈壁の解離にも注意が必要である.高齢者は,動脈硬化が高度なため解離を起こしやすので,必ず,ガイドワイヤーを使用する.止血には十
分な力と時間を要する.心室機能低下以外に,短絡路の有無にも注意が必要である.
② 小児先天性心疾患におけるカテーテル検査との基本的な違い
成人先天性心疾患の病態は,先天性心疾患自体の複雑さ以外に,複数回の姑息術,心内修復術,加齢のために,病態が複雑になっていることが多
い.心エコー検査による診断が小児に比し困難な場合があり,MRI やCT検査等の画像検査の併用がすすめられる.
③ 注意すべき合併症や特殊な状況での留意点とその対策
合併症に関しては,小児先天性心疾患患者と異なる以下の合併病変に注意が必要である.すなわち,冠動脈病変,糖尿病,末梢血管・脳血管病
変,赤血球増多症,腎機能低下,妊娠,慢性肺疾患,高血圧,肥満,薬物使用等である.
1)心筋虚血
過去の手術の続発症,合併症により心筋虚血や梗塞が起こることがある.カテーテルアブレーションの際等のイソプロテレノール投与には十分に注意
が必要である.
2)糖尿病
血糖値のモニター,インスリンの投与計画が必要である.ビグアナイド系経口血糖降下薬の服用中は,造影時に乳酸アシドーシスを生じるため,服用
を中断する等の注意が必要である.腎血管病変や,全身の動脈硬化性病変に注意をする.
3)血栓・塞栓症
チアノーゼがあり赤血球増多症のある患者,奇異性塞栓の危険性のある場合,肥満,喫煙患者,経口避妊薬常用,閉塞性末梢血管疾患,Fontan術
後等は,血栓・塞栓症の発症予防のための注意が必要である.特に,太いシースを留置し,手技時間が長い場合は,十分な輸液以外にも,ACT時間
の測定をしながらヘパリン療法をする必要がある.また,経心房中隔穿刺をする場合は,左心耳内血栓の有無を術前に経食道エコー法でチェックしてお
くことがすすめられる.
4)造影剤腎症
チアノーゼ性心疾患による赤血球増多症患者の場合は,糸球体濾過率GFRが低下し腎障害を伴う場合がある.したがって,血清クレアチニンが上昇
している場合は,造影剤腎症発症への注意が必要である.その他の危険因子は糖尿病,脱水等が報告されている311),312).チアノーゼ性心疾患患者
では造影剤腎症が生じやすいかどうかは明らかではないが,術前からの十分な補液が推奨されている313).一般的に,腎障害がある場合の造影剤腎
症の予防に関して,いくつかの予防策が提唱されているが314)−316),造影剤最大使用量は,5mL/kg/血清クレアチニンという報告があり,造影剤の計画
的使用を心がける必要がある317).
5)妊娠
一般に,妊娠中は,前負荷,心拍数,心拍出量が増加している.成人先天性心疾患患者,特に,体心室が右室の妊婦における心カテーテル検査で
は,収縮能が低下して,病態が悪化している場合があり,造影剤の量を減らしたり,検査前後での心不全治療の強化が必要である.妊婦は腹部膨満を
伴い,嘔吐や誤嚥の危険性があり,仰臥位での検査時間をできるだけ短くする.カテーテル治療の時期は,胎児の器官形成時期を経過した後の,妊娠
18 週以降に行われることが望ましい.胎児の受ける線量を100mGy 以下に制限することが重要といわれている318).さらに,胎児への放射線被ばくを
最小限にとどめるために,照射野が胎児を直接照射する下腹部である場合や,骨盤のカテーテル検査が必要な場合では,検査の必要性の再確認や,
妊娠終了まで延期することが可能かどうかを検討する必要がある.妊婦の胸部,上肢,頭部等のように,胎児から離れた部位の検査では,胎児にX線
を直接照射しないカテーテル挿入部位(肘動脈,橈骨動脈等)を選択したり,一般的な被ばく低減技術(低レートパルス透視,照射野制限,付加フィルタ
の使用,管球を近づける等)を厳格に実行することも大切である.また,妊娠初期に,カテーテルアブレーションを行う必要がある場合には,妊婦の膀胱
内の造影剤を空にすることがすすめられている319).また,カテーテル時に緊急分娩となることもあり,あらかじめ産科医と連絡を取っておく必要がある.
④その他留意すべき点
・血圧低下:収縮期血圧が90mmHg以下の場合や,急激に血圧が低下した場合は,水分負荷や血管作動薬での対応が必要になる.特に,Fontan術
後の場合,術前 の十分な補液がすすめられる.急変時に備え,人工呼吸器,肺血管拡張薬を準備し,経皮的心肺補助装置(PCPS)等補助循環を使
うことも想定しておく.
・肺心室機能不全,肺血管病変
右室は容易に急性心不全に陥る.前負荷や後負荷の急激な変化は避けることが望ましい.肺高血圧治療の進歩は目覚ましく,肺血管抵抗評価は重
要な検査法の1つである.
・Down症候群患者:Down症候群の成人は,多臓器にわたる合併症を伴う.甲状腺,上気道狭窄,胃食道逆流,誤嚥,コミュニケーション不良,精神遅
滞等の問題である.肺血管抵抗の評価の際には,換気が十分にできているかに注意しておく必要がある.人工呼吸管理が必要なことも多い.
・冠動脈造影,読影の際,小児循環器科医は,循環器内科医と共同で行うとよい場合がある320)−322).
・全身麻酔は,麻酔科医が行うことが望ましい323),324).
・肥満,高血圧等の合併症に注意する325)−330).
・カテーテル検査後の穿刺部圧迫による迷走神経反射が強い場合がある331).
・小児に比し被ばく線量が多くなる.特に,斜位像は注意が必要で腕が入らないようにしたり,パルス撮影にする等の工夫が必要である332).
・無菌操作なので,予防的抗菌薬投与は不要であるが,長時間の検査,感染性心内膜炎のハイリスク群では,抗菌薬の投与を行ってもよい117).
・デバイス装着患者では,心内にリードがあり,カテーテルによりdislodgeしないようにより慎重なカテーテル操作が必要である.