大動脈中膜の組織学的変化や大動脈拡張の要因として,高血圧,妊娠,加齢,先天性異常(Marfan症候群,Turner 症候群)等が広く知られている.一
方,先天性心疾患は,大動脈が,その疾患固有の血行動態の異常からは説明できない程度に拡張し,時に,瘤,解離,破裂を生じたり,高度の大動脈逆
流を合併したりすることがある169).
Marfan症候群は染色体15q21.2の異常によるフィブリリン欠損を伴い,弾性線維の断裂,消失を特徴とするいわゆる大動脈中膜嚢胞状壊死(cystic
medial necrosis)を内在し,大動脈瘤,大動脈解離を高頻度に認める.大動脈二尖弁も,大動脈瘤,大動脈解離を合併することが少なくなく801),802),組織
学的にはMarfan症候群と同様の大動脈壁所見を認める803).大動脈縮窄も,同様の心血管系合併症を生じることがある804).Fallot四徴,Fontan術後等肺
動脈狭窄あるいは閉鎖を伴う先天性心疾患,総動脈幹症,完全大血管転位,左心低形成症候群等のチアノーゼ型先天性心疾患も,経年的に大動脈が拡
張し169),805)−809)(表69),大動脈解離を起こすことがある810),811).Fallot四徴では,多くの例で,胎生期から大動脈拡張が認められ,大動脈壁異常を認
める.しかし,これら先天性心疾患に認められる大動脈拡張は,Marfan症候群と比べ,大動脈解離,大動脈瘤の頻度がはるかに低く,大動脈壁変化は,よ
り軽度である169),812).肺動脈狭窄,閉鎖を伴うチアノーゼ型先天性心疾患は,修復術以前は,肺動脈血流量に比べ,大動脈血流量が多い.大動脈肺動
脈吻合術後は,上行大動脈血流量は,さらに増加する.この血行動態的特徴と動脈硬度/弾力性の異常も,大動脈拡張の成因の1つである335),336),812),
813).Fallot四徴で,肺動脈狭窄の程度が強いほど,大動脈拡張の程度も強い.進行性大動脈拡張の危険因子として,Fallot四徴では,男性,右大動脈
弓,高度肺動脈狭窄(肺動脈弁閉鎖),修復時高度チアノーゼ,修復時高年齢,大動脈肺動脈吻合術の既往,長期吻合術後期間,修復時大動脈高度拡
張が挙げられる805),812),814),815)が,これらの危険因子の多くは長期間の体血流量増加,すなわち,大動脈の容量負荷と関連がある.また,Fallot四徴の
大動脈拡張例の50.9%にfibrillin-1のexonic DNA variantsを認めたとの報告があり,Marfan症候群と同様にFallot四徴の大動脈拡張とfibrillin-1との関連
が示唆されている816).これらの疾患では,大動脈壁に中膜嚢胞性壊死所見とともに,血管弾性の低下と血管硬度の上昇を認める.この所見は,大動脈弁
閉鎖不全を増悪させると同時に体心室収縮機能,拡張機能,冠動脈潅流を悪化させる.これらの疾患群は,大動脈拡張という形態的な特徴だけではなく
心機能異常を伴う新たな疾患群,Aortopathyとしてとらえられるようになった.この拡張性病変は,単に狭窄後拡張(post-stenotic dilatation)という血行動
態異常に基づく疾患群ではなく,内在する大動脈壁異常802),803)に基づくものである.