慢性心不全治療ガイドラインによる慢性心不全の狭義の定義は,“慢性の心筋障害により心臓のポンプ機能が低下し,末梢主要臓器の酸素需要量に見
合うだけの血液量を絶対的にまた相対的に拍出できない状態であり,肺,体静脈系または両系にうっ血を来たし日常生活に障害を生じた病態”とされる69).
さらに労作時呼吸困難,息切れ,尿量減少,四肢の浮腫,肝腫大等の症状の出現により生活の質的低下(Quality of Life;QOLの低下)が生じ,日常生活
が著しく障害される.また致死的不整脈の出現も高頻度にみられ,突然死の頻度も高いとされる.
先天性心疾患の自然歴や術後歴として起こる心不全は主に慢性心不全である.解剖学的に異なる様々な心疾患があり,二心室修復術後の病態から,体
循環心室が右室である病態,Fontan術後や無治療あるいは姑息手術後のチアノーゼ残存,さらには心房中隔欠損等成人期になって発見あるいは発症する
ものまで様々な病態を含んでいる.成人先天性心疾患の慢性心不全は,成人心疾患の定義と合致する.
①評価法
成人心疾患は一般的に心不全の機能分類としてNYHA機能分類が用いられる.チアノーゼ性心疾患は,心機能が正常でも,日常生活労作で多呼吸等の
呼吸不全症状が出現する.これは,運動時に右左短絡が増加し,呼吸中枢が低酸素と酸血症を感知するために運動開始後早期に呼吸困難が出現するた
めで,心室機能不全や,心不全による肺うっ血の結果ではない70)−72).Fontan循環では,心臓の機能障害がなくても,運動耐容能の低下が認められる.心
不全の評価法は病態や治療効果の判定あるいは予後を予測できることが望ましい.NYHA機能分類が広く用いられている73)が,チアノーゼ性先天性心疾
患の評価はactivity indexやability indexがよいとされる74).
②神経体液因子
心不全を神経体液性因子の異常を示す症候群としてとらえる考え方が定着してきた69).ESCは,慢性心不全の診断に,症状と他覚的な心臓機能障害と
同時に,神経体液性因子であるnatriureic peptideの上昇が必要項目に加えられている75).ANPやBNPが先天性心疾患の心不全の指標とされている76)−
82).神経体液性因子は,成人先天性心疾患の死亡予測因子の1つであり83)−85).平均年齢34歳(平均観察期間8年)で,NYHA機能分類Ⅱ度以上の群で,
BNP78 以上,ANP146 以上が有意な死亡予測因子との報告がある.BNP上昇はNYHA機能分類悪化や体循環心室の機能低下と相関する84).成人心疾
患と同様にBNPが先天性心疾患においても心不全の存在診断,心不全の重症度診断,心不全の予後診断の指標となり得る.しかし,疾患によって基準値
が異なることも考慮する必要がある.高齢者においては大動脈狭窄におけるBNPは心筋重量や症状と相関するといわれる86)が,小児期ではBNPが増加し
ない場合がある87).Fallot四徴術後の肺動脈弁逆流に関してはBNPが容量負荷の指標となり得るが,狭窄病変との関連性はない88).完全大血管転位の
心房スイッチ術後における体循環右心室不全では重症度の指標となる89).一方,Fontan循環に関しては有用性が認められていない90).
③病態と悪化因子(表6)
形態異常を有する先天性心疾患の主要な治療は手術である.単心室血行動態の心疾患の外科治療はFontan手術であるが,この機能的根治術に到達で
きず,姑息手術のみ行われる場合もある.修復術後もFallot四徴の肺動脈弁逆流のような続発症を有し,再手術の対象となることもある.さらに形態的異常
がほとんどない心房中隔欠損閉鎖例でも運動耐容能の異常91)やBNP値の異常92)が認められる.
先天性心疾患の心不全は,出生後から手術までの心負荷と,術後の遺残症,続発症,合併症による経年的な圧負荷,容量負荷,張力や血流異常の負荷
の結果として運動耐容能や神経体液性因子の異常が生じる.周術期における心筋障害は長時間の人工心肺運転,大きな人工補填物の使用や大きな切開
創等では起こり得る.このような先天性心疾患固有の病態による心不全は,頻度は低いが不可避である.しかし,治療法の進歩による予後の改善は著し
い.米国の集計では,先天性心疾患の心不全死亡は非チアノーゼ性心疾患では百万人当たり1から0.3人と低下し,チアノーゼ性心疾患では百万人当たり
0.1から0.16人と不整脈死亡の減少に伴い微増している93).我が国の報告では1968年から1997年で,死亡率は百万人あたり3.36から1.22に減少している
19).
小欠損とされる未手術心室中隔欠損,動脈管開存等の左右短絡疾患でも加齢により心不全を生じるとの報告94)があるが,これと異なり,心不全はほとん
ど生じないとする報告95)もある.
成人先天性心疾患は右心不全・左心不全あるいは両心不全を起こし得る因子を1 つ以上有している4).
④症状
慢性心不全ガイドラインでは左心不全として左房圧上昇と低心拍出,右心不全の症状として浮腫と肝腫大が挙げられている.左房圧上昇の症状は労作時
の息切れからはじまり呼吸困難を呈する.低心拍出の症状として全身倦怠感,頭痛等の神経症状,食思不振等非特異的なものも多いとされる.先天性心疾
患では低心拍出は左房圧上昇を伴わずに起こることがあり,右室不全やFotan循環でも生じる.肺うっ血がなくても労作時の息切れを呈する.浮腫や肝腫大
は右室不全の症状であるが,肝性浮腫,貧血,腎性浮腫等との鑑別が必要であり,Fontan循環であれば蛋白漏出性腸症も鑑別が必要となる.ESCは,症
状として息切れ,安静時あるいは運動時の易疲労感と足首の浮腫を挙げている75).ACC/AHAは,呼吸困難と疲労で運動耐容能が制限され,あるいは肺
うっ血あるいは体うっ血を呈する水分貯留状態を呈する病態としている96).
⑤ 成人先天性心疾患にみられる疾患別の心不全症状,修飾因子(表7)
1)成人先天性心疾患の全体像としての心不全
成人先天性心疾患患者が慢性心不全の急性増悪で入院する場合の症状は浮腫や体重増加,倦怠感(易疲労感),呼吸困難,消化器症状,動悸等であ
る97).症状は,基礎心疾患や加療の内容によって異なる.1,000例の追跡調査で心房中隔欠損や肺動脈弁狭窄を含むすべての心疾患では26~ 37年間の
経過で生存例の13%に心不全が認められた98).Fallot四徴まで含む複雑先天性心疾患(非手術例を含む)においては,平均年齢33歳で,79%がNYHA機
能分類Ⅱ度以上を呈した83).この結果から,30歳代で30~ 70%に何らかの心不全が起こっていると考えられる.我が国の報告では,122名(29歳平均)
で,NYHAⅠ - Ⅱ機能分類は,87%を占めていた99).
① Fallot 四徴
Fallot四徴術後で成人期に達した患者の有症状例は少なく,7%(平均年齢34歳)100)から34%(平均年齢33歳)101)である.有症者が7%の報告でも,最
大酸素消費量は予測値の66%と低値であり,多くは潜在的な心機能低下があると考えられる100).
② 体循環右室疾患
体循環心室が右室あるいは単心室である病態は,30歳前後で有症率17%との報告がある102).修正大血管転位と完全大血管転位の心房位血流転換
術後は,32歳で有症率24%であり,三尖弁閉鎖不全は右室機能不全と密接に関連している103).修正大血管転位は平均34歳で32%が102),45歳で55%
が104)心不全を発症し,合併形態異常がない場合も30歳代で30%以上に認める104).完全大血管転位のMustard,Senning術後18~ 23年(観察時年齢21
歳)の遠隔期死亡が10~ 18%と8%で,30%が心不全死,約半数は突然死である105).NYHA機能分類Ⅱ度以上が51~ 55%で,術後観察時年齢34歳で
心不全を20%に認める102).右室機能不全は9%,三尖弁閉鎖不全は15%である106).
③ Fontan 循環
Fontan循環は,遠隔期死亡15%のうち心不全死は14%であり,術後10年で有症率が20%である107).321症例の平均術後期間14年,平均年齢21歳で,
22例が死亡,6例が心移植をしており,合計8.7%であった108).運動耐容能が正常は4%以下で,NYHA機能分類Ⅱ以上が58%, 心不全死は全死亡例の
26 % であった. 成人期Fontan術後は20~ 58%に心不全を伴う102).
④ Eisenmenger 症候群
我が国では18歳以上の平均12年の経過観察で心室中隔欠損,心房中隔欠損あるいは動脈管開存に死亡例はなく,複雑心疾患は25年生存率51%と不
良である109).Ability indexも経時的に増悪し,低酸素血症よりも心機能障害が主因と考えられている.海外の報告では生命予後は30歳で75%,40歳70~
86%,50歳55%~ 74%,60歳53%である110).運動耐容能の低下は平均年齢26~28歳で,80~84%と有意な低下を示す111),112).Eisenmengerを含む
チアノーゼ性心疾患では38歳でNYHA機能分類Ⅲ度以上の機能低下を36%に認め113),39歳で93%が有症者である114).
2)各疾患の固有の素因,病態以外の心不全の修飾因子
長期間の低酸素血症,圧負荷(大動脈弁狭窄,弁下部狭窄等),容量負荷(短絡術後,房室弁逆流,半月弁逆流や遺残短絡),不十分な心筋保護,大き
な心室中隔欠損閉鎖パッチ,大きな心室切開創,遺残左室流出路狭窄あるいは右室流出路狭窄や短絡(遺残心室中隔欠損等),不整脈が挙げられる.さ
らに後天性弁疾患(弁膜症),冠動脈疾患,高血圧,糖尿病,妊娠,心内膜炎,慢性呼吸器疾患,心筋障害性化学療法や縦隔照射,違法薬物,腎疾患,肝
疾患,睡眠時無呼吸,甲状腺機能障害(機能亢進あるいは機能低下)肥満が挙げられる75).
医療の進歩とともに外科治療や内科治療も変化するため,今後も心不全の病態も変わることが予想される.