2 運動負荷テスト
 
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 運動能力は患者の予後と密接に関連するため,心疾患の病態の理解に加えて,運動および心臓電気生理学的な問題点を理解することが患者管理に必
要である.成人先天性心疾患は,病態が比較的複雑であり,解剖学的特徴と病態生理の理解に加え,一般の不全心の知識が要求される.さらに,加齢
とともに不整脈と代謝疾患が増加するため,単一診療科での対応は難しいことが多い.

運動能評価の意義,問題点および臨床的指針

①意義

 呼気ガス分析を併用した心肺運動負荷試験は心臓のストレスに対する予備能力を客観的に評価可能で,同時にストレス関連の不整脈検出に有利であ
る.

②運動負荷の目的

 不整脈の診断,評価,治療,および運動能力評価の目的で施行される.

1)不整脈の診断
 基礎心疾患が背景にあると,運動誘発性不整脈を伴う場合の不整脈の重症度は高い.不整脈検出の再現性がある場合は,薬物等による治療効果を判
定できる.

2)運動能力評価
 心疾患の病態理解に加えて,治療の効果判定,治療介入の必要性の是非,将来の心事故予測に有益な情報が得られる.未治療患者の内科的外科的
治療介入の有益性の判断には,運動能力を含めた患者の運動ストレスに対する反応を理解することが有用である.最高酸素摂取量(peak VO2)が20
(mL/kg/分)程度あれば,日常生活の活動では,不自由することはなく,将来の心事故の可能性も高くないと予測される211).成人Fontan術後患者では
20未満であることが多い212).自覚症状と実際の運動能力には乖離のあることが珍しくないため213)治療介入時には,心肺運動負荷試験により心肺予備
能力を客観的に評価することが,長期的な予後予測に有用である.

 Fallot四徴術後の肺動脈弁閉鎖不全の治療介入の客観的な指標として運動能の低下が有用とされている214).しかし,運動耐容能を規定する因子は運
動習慣をはじめ,心機能,血管機能,作業筋,呼吸機能等と多様であることから,肺動脈弁閉鎖不全による右室容量負荷は運動能低下の一規定因子に
過ぎない215).このため,運動耐容能だけではなく,総合的に治療介入時期を決定することが合理的である.一方,低い運動能力の患者は将来の心事故
のリスクが高いことから211),何らかの治療介入の必要性も示唆される.実際,成人の非先天性心疾患の慢性心不全では,最大酸素摂取量からみた運動
能力低下は有意な死亡予測因子である.心臓移植の適応基準として最大酸素摂取量が重要な評価項目の1つである216).運動能力は先天性心疾患の
重症度と密接に関連する217).Dillerらは最大酸素摂取量が15.5(mL/kg/分)より低い場合には心事故が多いとしているが211),対象疾患が極めて多様で
あり治療法決定への有用性は明確でない.Fontan術後では最大酸素摂取量を含めた運動心肺指標により,予定外入院等の心事故は予測できるが,死
亡予測はできないとされている108).しかし,神経体液性因子と最大酸素摂取量を組み合わせると将来の心事故を予測できるとされる218).チアノーゼ性成
人先天性心疾患の多くはこの基準値を下回る211),212)

 成人慢性心不全患者と同様に,心機能低下や運動能低下と自覚症状出現時期には大きな乖離があることを常に念頭におく必要がある213),219)

3)治療
 運動能力が将来の心事故に関連することから,成人領域では心臓リハビリテーションの有用性が強調されている220).心機能,血管機能,呼吸機能,作
業筋環境や機能,さらには神経体液性因子による機能調節は運動耐容能と関連する.理論的には,運動はこれらの機能改善に寄与することから,小児
先天性心疾患領域での多くの心臓リハビリテーションの報告が見られる221).しかしながら,成人先天性心疾患での報告は少ない222)

③心肺運動負荷試験による運動能力評価法

1)適用対象
 不整脈の重症度,治療効果および不整脈の有無の評価,さらには自覚症状と心血行動態との乖離が大きい場合は心肺運動負荷試験を考慮する.活動
性の感染症を伴う場合,NYHA機能分類Ⅳ度,整形外科的障害あるいは認知障害等では本試験は避ける.

2)負荷方法
 通常,1 ステージ3 分の多段階負荷(Bruceプロトコール等)が使用される.複雑成人先天性心疾患では運動耐容能が低いため,急な負荷強度の増大
は好ましくなく,ランプ負荷はこの点で優れている223).縦断的な評価が必要な場合には,負荷法はできるだけ一貫した方法が望ましい.普段運動機会の
少ない成人先天性心疾患では,急な運動負荷中止は,反射性に副交感神経賦活し,徐脈や低血圧が出現する場合があり,最大の負荷強度終了後30秒
程度あるいはそれ以上のクールダウンは負荷試験の事故回避の意味から施行することが望ましい.これら徐脈や血圧低下の際は速やかにベット上安静
とし,下肢挙上位をとらせることが必要である.

3)負荷装置
 普及程度を考えると,トレッドミルかエルゴメーターが一般的である.

4)測定項目
 呼気ガス分析装置を併用することが好ましいが,運動能力評価に必須ではない.負荷様式が同一であれば運動時間のみで十分評価可能である.不整
脈を検出するためには心拍モニターは重要である.血圧は可能な限り測定することが望ましい.聴診法の代用として触診法も有用である.経皮酸素モニ
ターはチアノーゼ性心疾患やFontan術後では有益な情報を提供する.

5)中止基準
 原則的に運動中止は症状限界性である.自覚症状から判断することは困難な場合もあるが,概ね客観的指標として以下の基準を参考とする.(1)運動
最大時ガス交換比(R=二酸化炭素排出量/酸素摂取量)(成人では1.20前後を目安とする),(2)目標心拍数(220−年齢),(3)酸素摂取量あるいは心拍
数の平坦化等であるが運動最大時ガス交換比が最も信頼性が高い.しかし,チアノーゼ性心疾患,肺高血圧を有する先天性心疾患では運動最大時ガス
交換比は低い場合も多く,また,心疾患では心拍応答は低下しており目標心拍数は設定できない.したがって,多くの成人先天性心疾患例では自覚症状
に頼ることになり,運動負荷試験に精通している者が行うことが望まれる.

6)評価
 運動能力評価では対照と比較することは必須である.最大酸素摂取量は運動能力評価に有用である.簡便的に,10(mL/kg/分,以下同)未満は極端
に低い,10~ 20は高度低下,20~ 30は低下,30~ 40は正常下限から正常,40以上では優秀な運動能を有すると評価する.この際に,健常者は,経年
的に最大酸素摂取量が低下するが,成人先天性心疾患も同様であることに注意する91). 

 運動時間から運動能力を評価する場合には注意が必要である.心不全では,少ない心拍出量を運動筋により多く配分する一種の代償機構が働くため,
同一の運動強度であってもより少ない心拍出量,酸素摂取量で達成されている224).したがって,運動時間(達成された外的仕事)による運動能力評価は
最大酸素摂取量に比較すると,異常と評価されにくいことを念頭におく必要がある.このことが,運動耐容能の範囲内での自発的な日常生活様式制限(無
理をしない)に加え,自覚症状と最大酸素摂取量の乖離の原因の1つと考えられる.

 
 
成人先天性心疾患診療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Management of Congenital Heart Diseases in Adults(JCS 2011)