①心不全の成因
成人先天性心疾患では,心不全を生じる様々な特徴的な原因因子がある(表23)4),333).両心不全の場合が少なくないが,症状,病態,背景心疾患
の解剖の特徴から右心不全(表24)と左心不全(表25)とに大きく分けられる.また,先天性心疾患の病態に応じた心不全の分類も可能である(表26)
186).
1)右心不全の特徴
後天性心疾患と異なり,先天性心疾患では,右室機能が長期予後に重要な影響を及ぼす疾患が多い186).Fallot四徴術後肺動脈弁閉鎖不全,心房
中隔欠損にみられる長期の右室容量負荷,Eisenmenger症候群等肺高血圧では後負荷により右室機能に影響を及ぼす.修正大血管転位,心房位血
流転換術後の完全大血管転位では右室が体循環を担う.これらの疾患では,右室機能を継続的に観察し,再手術を含む治療介入を適切な時期に行うこ
とが予後改善に必要である334).
2)左心不全の特徴
左心不全は,左右短絡疾患による容量負荷,左室性単心室,術後心筋保護と関連した機能障害,加齢による拡張障害,僧帽弁閉鎖不全,大動脈弁
狭窄,閉鎖不全等で認められる.左右短絡に伴う心不全を成人期に認めることは少ない.小−中等度欠損の心室中隔欠損でも,50歳代以降,有意な左
室拡大を認め,心房細動の合併率も高い.修復術後の遺残短絡を含め左右短絡疾患では,加齢による左室拡張期圧上昇を生じたり,高血圧により短絡
量が増加し心不全が顕在化したりすることがある.感染性心内膜炎に合併した房室弁閉鎖不全,大動脈弁閉鎖不全に起因する心不全もある.川崎病冠
動脈瘤,心筋梗塞後に伴う心不全も少数ながら存在する.大動脈拡張性疾患では,大動脈壁の弾性低下,硬度上昇が認められ,左室収縮,拡張機能を
低下させることがある.このventricular-arterial interactionの異常は,体心室右室でも同様である335),336).また,心房中隔欠損に認められる右室容量負
荷は,左室機能低下も招来たするが,このventricular-ventricular interactionは,Ebstein病の左室でも認められる337).
②神経体液因子の異常
中等度以上の成人先天性心疾患は,不顕性の場合も含めて心不全を伴っていることが少なくなくない83),333).また,成人心疾患と同様にBNP値や神
経体液因子の活性化と心機能低下の程度が相関するとされている77),83).しかし,経時的なBNP値の変化が,将来的な心事故の予測に役立つとの報
告がある84).一方,チアノーゼ性先天性心疾患では,心不全がない,あるいは心機能低下のない場合でもBNPは上昇している338).
③神経内分泌活性の異常
交感神経系,レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系,エンドセリンの活性化は,心不全の予後判定の指標とされるが333),先天性心疾患でも活性
化が予後予測に有用との報告もある339).運動能(最大酸素消費量)と心拍変動の低下やサイトカインの活性も心不全の予後予測に有用だが,成人先天
性心疾患でも心拍変動の低下とサイトカインの活性化が認められる83).運動能の低下も広く認められている83),91).慢性心不全,Fontan術後,心房位血
流転換術後等では運動による心拍応答不良や負荷後の心拍減衰がすくないこと,血圧の回復が遅延を認めることがある.これは洞機能不全,副交感神
経の活性化の遅延に由来たし開胸手術による心臓自律神経の損傷および心機能低下を反映している340),341).心臓の自律神経機能を反映する心拍変
動の低下は,心不全の予後を予測できるとされるが,先天性心疾患でも同様の研究結果が報告されている342)−346).Fontan術後にみられる運動能の低
下は,骨格筋の酸素供給の異常,血管内皮機能異常に基づく血管拡張不全も関与するとされ347),神経内分泌活性と予後に相関が見られる218).サイト
カイン活性の上昇は,慢性心不全で認められ,神経内分泌系と同様,心機能低下の原因となる.先天性心疾患でも,活性が認められ,臨床症状,体心
室機能低下と相関する348),349).
④心不全治療
慢性心不全とは狭義の意味からは,“慢性の心筋障害により心臓のポンプ機能が低下し,末梢主要臓器の酸素需要量に見合うだけの血液量を絶対的
にまた相対的に拍出できない状態であり,肺,体静脈系または両系にうっ血を来たし日常生活に障害を生じた病態”である69).慢性心不全は,労作制
限,労作時息切れ,浮腫,不整脈等の症状,心室収縮拡張機能異常,神経内分泌系の活性化[交感神経系,レニン・アンジオテンシン・アルドステロン
系,サイトカイン,ナトリウム利尿ペプチド(ANP,BNP)]の上昇等の共通所見が認められる症候群と定義される75).したがって,心筋障害の種類が,心
筋梗塞,感染,心筋症,高血圧,弁疾患のいずれでも,心不全という症候群を起こす可能性がある.先天性心疾患でも同様の症候,検査結果が認めら
れ,心不全の病態が存在することが少なくない73),83),91),218),333),339)−350).このため,成人先天性心疾患の心不全でも,成人心疾患の左心不全と同
様の心不全治療が行われ始めている73).強心薬,利尿薬,アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬),アンジオテンシンⅡ受容体遮断薬
(ARB),β遮断薬等が用いられているが,未だ,治療のエビデンスに乏しい338),351)−357).先天性心疾患は,疾患の種類,循環動態が多彩で,弁狭窄閉
鎖不全,左右短絡,体循環右室,心室低形成,内因性心筋異常等心不全の原因は,様々である.また,右室機能不全を認めることが多い73),
350).Fallot四徴修復術後の肺動脈閉鎖不全による右心機能低下は,ACE阻害薬で改善するとの報告があるが,症例数は少ない358).先天性心疾患
は,長期にわたる心負荷,加齢による心機能の低下,さらに,修復術後遠隔期の心不全が多い.このため,心臓血管手術や再手術が有効であることも少
なくない.しかし,左心不全と異なり,右心不全に対する心不全治療薬の有用性は確立していない. 最近の肺動脈の標的療法の発達により,
Eisenmenger症候群等肺高血圧に伴う右心不全には,有効な症例が認められている(肺高血圧治療の項参照).成人先天性心疾患においても両心室
ペーシングによる心臓再同期療法(CRT; cardiac resynchronization therapy)が行われている.単心室におけるmulti-site pacingの有用性も報告され
ている359),360).しかし,右心不全が多く,解剖学的な多様性や手術による広範な瘢痕があり,病態の評価法や至適なリードの植込み位置の決定,植込
み手技について課題が多い359)−362).