成人先天性心疾患に認められる不整脈は,経過中様々な時点で出現するものであり,これらの患者は慎重な経過観察と不整脈が出現した際には適
切な治療が必要となる.また先天性心疾患を有しない患者に比較し,不整脈の出現はより心機能に影響することを治療に際し考慮する必要がある.
洞結節機能不全を合併している場合には,頻脈性不整脈に対する抗不整脈薬の治療の際,徐脈の悪化を来たし得るためペースメーカ治療が必要に
なることがある.除脈性不整脈は頻脈性不整脈を生じやすくさせる要因であり洞機能,房室伝導の維持は頻脈性不整脈の予防にも必要である.このよ
うな成人先天性心疾患患者では状態に応じた生理的なペースメーカ治療が必要である.
基礎心疾患,手術方法,患者の状態によってはペースメーカ植込みやカテーテルアブレーションの静脈ルートの確保が困難な場合がある.また,心内
短絡が残存している際には,全身の塞栓症の危険性があるのでその評価も必要になる.このように成人先天性心疾患の不整脈を管理,治療するため
には,不整脈に対する理解のみでなく,背景となる先天性心疾患や外科手術後の解剖や病態についても理解が必要であり,循環器小児科医,循環器
内科医,電気生理学医,心臓外科医の協力が必須である.
①薬物治療
頻脈性不整脈の治療は発作の停止と発作間欠期(慢性期)の再発予防に分けて考える必要がある.頻脈性不整脈を停止させるために,緊急治療の
必要性の有無をまず見極めることが重要である.頻脈性不整脈の急性期治療,薬物治療は基礎心疾患のない上室頻拍に準じる.
1)緊急的な停止を要する場合
血行動態が破綻もしくはその前状態にある場合には頻脈性不整脈の停止を急ぐ必要がある.この場合には,電気的除細動による発作停止を優先さ
せる.ただし適切な通電が行われても,自動能亢進による頻拍では一過性の抑制のみに終わり,洞調律に復しない場合,薬物療法を考える必要があ
る.
2)緊急的な停止を要しない場合
血行動態が比較的安定しており,緊急的な発作停止の必要がない場合には,迷走神経反射や抗不整脈薬による停止を試みる.迷走神経反射による
頻拍停止は,房室結節をリエントリー回路に含む上室頻拍の場合に有効である.アデノシン三リン酸(ATP)の急速静脈内投与も同様に有効である.抗
不整脈薬による停止は無効な場合があり,房室伝導を低下させる薬剤投与でレートコントロールするという選択もある.薬物治療を行う場合には,循環
動態の変化,洞機能,房室伝導への影響に十分に注意を払う必要があり,循環動態が破綻した場合の直流通電に切り替える準備が必要である.
3)頻脈性不整脈の再発の予防
先天性心疾患術後に発症するマクロリエントリー性心房頻拍では薬物コントロールが困難なことが多く,カテーテルアブレーションも検討されることが多
い.心房手術後の場合,刺激伝導系の障害(洞結節機能不全,房室ブロック)を合併していることもあり,抗不整脈薬の治療により徐脈が悪化し循環動
態が破綻,あるいはそれが予想される場合にはペースメーカ治療が必要になることもある.
4)各種頻拍に対する薬物治療
①上室頻拍
房室結節が関与する上室頻拍(房室回帰性頻拍,房室結節回帰性頻拍,重複房室結節による房室回帰性頻拍等)の治療は,一般の上室頻拍治療
と同じであり,急性期治療の詳細は日本循環器学会が示すガイドライン「不整脈薬物治療に関するガイドライン(2009年改訂版)」363)に記載があり,発
作予防,慢性期治療も同様である.同ガイドラインでは心機能に応じ薬剤に選択を指示しており,成人先天性心疾患患者ではさらに抗不整脈薬選択に
際し心機能に与える影響を考慮する必要がある.この点は成人先天性心疾患に生じるすべての不整脈に通じる.
房室回帰性頻拍は副伝導路と房室結節を介するリエントリー性頻拍で,治療の標的は副伝導路か房室結節である.副伝導路の伝導に対してはKチャ
ネル遮断薬,Naチャネル遮断薬が,房室結節の伝導を抑制する目的でCa拮抗薬,β遮断薬が用いられる.Ebstein病は,10~29%にWPW症候群が
合併するといわれ,房室回帰性頻拍を合併しやすい先天性心疾患である.
房室結節回帰性頻拍は房室結節に対する速伝導路と遅伝導路を介する頻拍,重複房室結節による房室回帰性頻拍(2個の房室結節を旋回する頻
拍)で,治療の標的は房室結節である.房室結節の伝導を抑制する目的でCa拮抗薬,β遮断薬が用いられる.重複房室結節による房室回帰性頻拍に
おいてもその有効性が示されている.
心房頻拍は異所性自動能やミクロリエントリーによるfocalな頻拍で,治療の標的は自動能亢進,激発活動,リエントリーと多岐にわたる.それらの機
序を考慮し薬剤選択を行う必要がある.
②心房粗動,マクロリエントリー性心房頻拍
心房粗動とは,三尖弁−下大静脈間を峡部とし三尖弁周囲を旋回する右房内のマクロリエントリーである.右房のCrista terminalisあるいは上下大静
脈間の静脈洞部が後方の障壁,三尖弁が前方の障壁となっている.またこれと異なりマクロリエントリー性心房頻拍とは心房内に生じた瘢痕組織,手
術による切開線,心房粗動と同様な解剖学的構造が障壁となりマクロリエントリー回路を形成することがある.心房粗動とマクロリエントリー性心房頻拍
は同一患者において同時に存在することがある.このリエントリー回路の興奮旋回は伝播する興奮前面とそれ以外の興奮間隙からなる.
急性期治療として血行動態が不安定あるいは心不全症状を認める場合は心電同期下での電気的除細動を施行する.心房筋の不応期を標的としてK
チャネル遮断薬,また回路内に存在する相対的緩徐伝導を標的として解離速度の遅いNa チャネル遮断薬が選択される.抗コリン作用を有するNa チャ
ネル遮断薬では房室伝導促進作用により心室拍数が増加し,時に1:1房室伝導を来たす可能性があることに注意する.またNaチャネル遮断薬により心
房レートが減少することによっても1:1 房室伝導を来たし,その心拍レートによっては循環動態の破綻につながる可能性がある.これを避けるために房
室伝導抑制を目的に予め房室結節抑制薬の投与を考慮する.頻拍停止を目的とせず,心室のレートコントロールを目的に房室伝導の伝導を低下させる
薬剤投与の選択もある.
以前は塞栓症の危険性は心房細動に比べて低いと考えられていたが,最近の報告では1.7~ 7%の危険性があると報告されている364),365).特に,
Fontan手術後等右房に巨大血栓が存在することがあり注意が必要である.また,電気的除細動後も心房スタンニングが数週間持続するため366),頻拍
停止後も抗凝固療法を継続することがすすめられる367).
慢性期治療は一般的には薬物治療がまず行われるが,薬物治療によるコントロールに難渋する場合が多い.また種々の抗不整脈薬が予防投与とし
て使用されているが前方視的に効果,安全性を検討した報告はない.抗不整脈薬を選択する場合,先天性心疾患を有しない患者に用いる際と同様で,
基本的に心房筋の不応期を延長させる目的で,Kチャネル遮断作用を有する薬剤や,相対的緩徐伝導を抑制,引き金となる心房期外収縮抑制する目
的で,Na チャネル遮断薬が用いられる.ただし,心機能に応じて薬剤を選択することが重要である.心機能が低下している例では,房室結節抑制薬と
してジゴキシンや,心機能抑制作用が比較的に弱い薬剤を用いる.
ジゴシン,アミオダロン,フレカイニドが有効との報告がある368).ソタロールは急性期の72~ 88%に効果がある369).しかし,催不整脈性が強く(10 ~
16% 370)),再発も多い(2年で66% 371)).先天性心疾患患者ではアミオダロンの有効性が示されている372).しかし,副作用も多く200mg/日以上の長
期投与ではその頻度が高い.チアノーゼ型心疾患やFontan術後ではそのリスクが高い373).小児先天性心疾患では催不整脈性が強く,Ⅰ c群使用に
よる心停止や突然死が多いと報告されている374).
血栓症のリスクが高まるためワルファリン等抗凝固療法で予防をすることもある.特にFontan術後はそのリスクが高いことが報告されている375).
洞結節機能不全は上室性不整脈のリスク因子であるが376),抗不整脈薬の使用の妨げになるためペースメーカは有効な補助的治療である.
基礎心疾患のない多くの頻脈性不整脈ではカテーテルアブレーションは根治的療法と考えられている.成人先天性心疾患も,同様にカテーテルアブ
レーションの効果が期待される.特に術後のマクロリエントリー性心房頻拍は薬剤抵抗性であるため,カテーテルアブレーションが期待される.
②カテーテルアブレーション
基礎心疾患のない多くの頻脈性不整脈ではカテーテルアブレーションは根治的療法と考えられている.先天性心疾患の場合も,同様にカテーテルア
ブレーションの適応がある.先天性心疾患でも副伝導路を介する房室回帰性頻拍,房室結節回帰性頻拍に対して根治的治療として重要であり,twin
AVNによる房室回帰性頻拍特や,薬剤抵抗性であるマクロリエントリー性心房頻拍に対しても適応がある.
不整脈基質には,通常型心房粗動における三尖弁−下大静脈間峡部の他,手術瘢痕,縫合線,人工物(パッチ,人工弁),crista terminalisや静脈開
口部等の元々の解剖学的伝導障害部位が関与する.したがって様々な不整脈回路が存在し,1人の患者で不整脈基質が複数存在することが多い.実
際,開心術後の心房粗動では峡部依存性とそれ以外のscarに関連したマクロリエントリー性心房頻拍が同時に存在し得る377),378).さらに,Fontan術
後の右房内のように,血流が停滞している部位では高周波通電に際しクーリング効果が得られないため焼灼に必要な十分な出力が得られず貫壁性の
アブレーションlesionができない.以上の理由から,現時点では先天性心疾患に合併した頻脈性不整脈に対する高周波カテーテルアブレーションの成
績は,基礎心疾患のない場合に比し悪い.
EnsiteやCARTO等の新しい三次元マッピングシステムにより不整脈基質の理解がより容易となり48),379)−386),成績は改善してきているが(成功率
71~ 93%)387)−389)未だ再発率が高い(46~ 53%)390)−392).しかし,電気的除細動や入院の頻度の減少といった臨床的なQOLの改善が得られるこ
とが報告されている.我が国でもIrrigationカテーテル393),394)が導入され,今後成人先天性心疾患に合併した頻脈性不整脈に対する高周波カテーテル
アブレーションの成績の向上が期待される.
成人先天性心疾患に合併した頻脈性不整脈に対する高周波カテーテルアブレーションの治療には長時間を要することもありX線の透視時間が問題に
なる.
このように,成人先天性心疾患に合併した頻脈性不整脈に対する高周波カテーテルアブレーションは未だにchallengingであり,手技には基礎心疾
患,手術術式,解剖の多様性の理解が要求されるため経験のある施設に紹介することがすすめられる.
Fontan術後の頻脈性不整脈はしばしば治療に難渋し,高周波カテーテルアブレーションの結果は満足のいくものではない.広範囲な心筋肥大,線維
化,伝導遅延,巨大な右房,血流のうっ滞がアブレーションを困難にしている.また,右房を肺動脈への血流路とするFontan術後の循環では,右房には
新しい基質が生じ,この悪循環を止めるためFontan conversionが提唱されている.従来はconversionのみを行っていたが,術前アブレーション,術中ア
ブレーション,さらにはペースメーカ治療も合わせて行われ,短期,中期的に良好な結果が得られている395),396).肺動脈への血流路に右房を含まない
人工導管を用いたTotal cavo-pulmonary connection(TCPC)手術は術後の新たな不整脈基質の発現を予防する可能性があり,単心室循環患者の不
整脈発生が減少することが期待される.
③ペースメーカ治療
一般成人における適応は,徐脈による症状を有する患者と突然死のリスクのある患者が主な対象として細かくクラス分類されている(表27)60).さらに
先天性心疾患では,心房内リエントリー性頻拍に合併した洞結節機能不全に対して,抗不整脈薬による場合も含めて,ペースメーカ治療は頻拍発作の
予防と停止にも有用とされる376),397)(表27).複雑先天性心疾患特に心房手術患者での洞結節機能不全,心臓手術後に遷延する高度ないし完全房
室ブロックに対しては,無症候性であっても積極的なペースメーカ治療が推奨される398),399).高度ないし完全房室ブロックは心臓手術直後だけではな
く遠隔期にも発症することがあり,注意が必要である400),401).
ペースメーカ植込みに際しては,静脈や心臓内の走行異常,狭窄や閉塞の異常を伴うことがあるため,解剖学的知識と既往手術に対する理解と様々
な工夫が必要になる402).Fontan手術後のように心房ないし心室への静脈アプローチが困難な症例や,遺残短絡による全身塞栓症のリスクの高い症
例においては403),心筋リードを使用する場合が少なくない.
④ ICD(Implantable Cardioverter-Defibrillator: 植込み型除細動器)治療
成人先天性心疾患において,突然死は心不全死,再手術時死亡とともに主要な死因の1つとなっている404).突然死の原因となる不整脈は,心室頻
拍,心室細動が多く,発作時の治療法の1つとして,ICD治療が普及するようになった.
適応は,心臓イベントによる蘇生例では,二次予防としてのICD治療がClassⅠとして確立されている(表28)60),405)−408).持続性心室頻拍や心室細
動の既往のない症例において,一次予防としてのICD植込みの適応基準作成には,大規模前向き研究による突然死リスクの評価が必要である.しかし
先天性心疾患では疾患の種類が多く,それぞれの症例数が限られるため未だ十分なデータが得られていない.Fallot四徴は,複雑心疾患のなかで最
も症例数が多く,突然死も少なくないことから突然死のリスクファクター研究が行われており,各施設においての判断を元に一次予防として施行すること
があった.さらに植込み後のICD作動状況の解析から,短絡術の既往,誘発される心室頻拍,180ms以上のQRS幅,心室切開,非持続性心室頻拍,
12mmHg以上の左室拡張末期圧等,複数のリスクファクターをスコアリングすることで,リスクの高い患者を選別し得る可能性が示された52).今後の
データの集積から一次予防としてのICD治療の普及が期待されるが,誤作動やペースメーカ同様に心腔内リードの使用できない症例におけるリードトラ
ブル,高い除細動閾値等の問題はまだ解決していない406),409),410).また,Fallot四徴修復術後は一般に若年であることと,冷凍凝固術を併用した再
手術により心室頻拍の発生が有意に低下することから,一次予防としてのICD治療の適応に関しては,未だ確定していない411).