1.内科治療
 先天性心疾患に伴うPHの治療は特発性肺動脈性肺高血圧
の治療と同様に,酸素療法と薬物療法を組み合わせて行う.
NYHAⅡ度以下では経口薬にて管理することが可能である.
 1)慢性期の治療(NYHAⅠ~Ⅱ度)
  Class Ⅰ
   a.在宅酸素療法(鼻カニューラにて1~41/分)
(Level B)
   b.抗凝固,抗血小板療法(Level B)
ワルファリンPT INR 1.5~2.0で維持
ジピリダモール2~4mg/kg/日
   c.強心薬(Level B)
ジゴキシン
   d.利尿薬(Level B)
フロセミド,スピロノラクトン等
  ClassⅡa
   e.経口血管拡張薬(Level B)
ベラプロスト 60~180μg/日
ボセンタン 125~250mg/日
シルデナフィル 25~100mg/日等
 2)心不全増悪期の治療(NYHAⅢ~Ⅳ度)
  ClassⅠ
   a.酸素吸入(Level B)
   b. カテコラミン,ホスホジエステラーゼ(PDE)Ⅲ阻害薬.(Level B)
  Class Ⅱa
   c. プロスタサイクリン(PGI2)の持続静注療法(Level B)
   d.一酸化窒素(NO)吸入(Level C)
1.cAMP(cyclic adenosine monophosphate) 賦活薬
プロスタサイクリンProstacyclin(経口,静注,皮下注・吸入)
2.cGMP( cyclic guanosine monophosphate) 賦活薬
ホスホジエステラーゼ5阻害薬(シルデナフィル,タダ
ラフィル),一酸化窒素吸入
3.エンドセリン受容体拮抗薬
エンドセリンA,ETB受容体拮抗薬(ボセンタン)
エンドセリンA受容体選択的拮抗薬(アンブリセンタン)
3 Eisenmenger症候群(薬物治療)
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①肺動脈性肺高血圧の分類

 成人先天性心疾患由来の肺高血圧症の病態は主に以下の3 つの群に分類することができる.(1)外科的修復後の遺残肺高血圧,(2)
Eisenmenger症候群,(3)その他(Fontan循環不全を伴う肺高血圧).

1)外科的修復術後の遺残肺高血圧に対する薬物治療
 成人肺動脈性肺高血圧全体の10~ 15%くらいを占めるとされる.基本的薬物治療方針は,肺動脈性肺高血圧治療指針に従い,熟練した施設で管
理されることが推奨される.

2)Eisenmenger 症候群に対する薬物治療(表29)
 肺動脈の不可逆性変化により中心性チアノーゼを呈する短絡性先天性心疾患である.薬物治療は,肺血管拡張療法,合併症の予防と症状/増悪因
子の軽減を目的とする.熟練した専門医師のもとで管理されることが望まれる(Class Ⅰ,Level C).

 ジギタリスや利尿薬といった従来からの心不全治療薬は,根本的に予後改善や症状悪化を軽減するものはなく,抗不整脈薬や抗凝固療法も同様で
ある111).しかしながら,これらの薬剤は個々の症例において特異的に使用することは可能である.ジギタリスは右心不全治療の有効性は低い(Class
Ⅱb,Level C)が,頻脈性心房細動の心拍数のコントロールに有効である(Class Ⅰ,Level C).利尿薬は症候性のうっ血や浮腫に有効(Class Ⅰ,
LevelC)であるが,血液粘性の悪化に注意が必要である.経口抗凝固薬(ワルファリン,Class Ⅱ a,Lebel C)および抗血小板薬(アスピリン,Class
Ⅱb,Level C)は,血栓形成/塞栓症(脳,肺,心臓その他)の予防目的に使用されることがあるが,Eisenmenger症候群特有の気管支動静脈短絡の
発達による喀血,肺内出血を含む出血性疾患の合併を助長するため,適応に関しては専門家によるリスク評価が必要である.

 肺高血圧治療薬の使用により,生活の質(QOL)の改善や血行動態の改善を認めたとの近年の報告がある412).しかし,いずれの薬剤投与に関して
も肺高血圧治療経験豊富な医師の評価が必要と考えられる.

3) その他:Fontan 循環不全を伴う肺高血圧に対する薬物治療
 肺血管抵抗の上昇により全身の静脈うっ血,低心拍出量と残存右左短絡を伴う場合のチアノーゼが原因で種々の全身症状を呈する.在宅酸素療法
は,行ってもよい治療であるが,その症状/予後改善効果は不明である(ClassⅡb,Level C).血栓予防のための抗凝固療法(ワルファリン,Class Ⅱ
a,Lebel C)もしくは抗血小板療法(ClassⅡb,Level C)を用いてもよいが出血性素因との兼ね合いでの有益性を考慮する.

 肺動脈性肺高血圧治療薬の使用に関しては,使用経験の報告は認めるものの効果は確立していない.専門施設で熟練した医師により管理されるこ
とが望ましい(ClassⅠ,Level C).

②肺高血圧の治療

1)Ca 拮抗薬
 有益性に関する報告はない.また,本薬剤は血圧低下から右左短絡の増悪を来たすおそれがあり奨励されない.

2)酸素投与
 予後改善には寄与しないが,時に症状を緩和することがあり,適宜使用可能である(Class Ⅱ a,Level C).酸素投与によりわずかに酸素飽和度が
上昇するが長期効果は明らかでない412)

3)エンドセリン受容体拮抗薬
 肺高血圧症を伴う先天性心疾患は,血中エンドセリン濃度が上昇し,肺高血圧進行と心不全悪化に寄与していることが推察されている. 無作為介入
試験(BREATHE-5)413)でエンドセリン受容体非選択的拮抗薬ボセンタンは運動耐容能や血行動態を改善させ,引き続き行われた24週間にわたる
オープンラベル長期試験においてもその効果の持続性が証明されている414).他の,小規模の報告415)−421)からも本薬剤の効果は検証されるとともに
認容性も十分期待できる.最も深刻な副作用は肝機能障害であり,減量か中止を余儀なくされるが再開しても肝障害を来たさないこともある.時にふら
つき,めまいがあり,また催奇形性のため妊娠には注意が必要で,最近では小児領域での安全性,有効性も報告されている.したがって,肝障害等認
容性に問題なければ投与されることが推奨される(ClassⅠ,Level B).

4)ホスホジエステラーゼ5 阻害薬(PDE5I)
 cGMP特異的阻害作用があり,血管平滑筋,肺動脈,陰茎海綿体,血小板に多く分布する.ホスホジエステラーゼ5 阻害薬はcGMPの代謝を抑制す
ることによる選択的な肺血管拡張作用があり,全身血圧にはほとんど影響を与えない.シルデナフィル(Sildenafil)のTmaxは約1時間で,T1/2は4時間
である.TadarafilのTmaxは約17時間で,T1/2は36時間である.10名の小規模ながら前向きのプラセボコントロール−クロスオーバー試験がシルデナ
フィルを用いて行われ422),同様の結果がタダラフィル(Tadalafil)でも示されている423).副作用は顔面紅潮,頭痛,鼻炎,消化不良,胃食道逆流であ
り,blue color visionは網膜に分布するホスホジエステラーゼ6 の阻害による交叉反応である.血圧低下はなく認容性に問題なければ投与されること
は推奨される(ClassⅡ a,Level B).肺動脈性肺高血圧の治療上最も問題となる“長期効果”を見守る必要がある424).その他,心不全に対する有用
性もある.Fontan術後の心肺機能にも有用性が高い.

5)プロスタノイド製剤
①ベラプロストBeraprost(経口製剤)
 我が国で開発され,肺動脈性肺高血圧に使用されている経口薬剤である.二次性肺動脈性肺高血圧,末梢動脈閉塞,閉塞性血管炎,Raynaud症
候群にも適応がある.NYHA機能分類Ⅱの軽症例で外来管理には最適の薬剤である.NYHA機能分類Ⅱ~Ⅲの症例における運動耐容能の改善は開
始後9~ 12か月の時点では認められないとの報告もあるが,長期効果を持つ剤型も用いられるようになっている.

②エポプロステノールEpoprosternol(静注製剤)
 1999年1 月肺動脈性肺高血圧に承認されたプロスタサイクリン(PGI2)の静注製剤である.依然として肺動脈性肺高血圧治療のgold standardであ
る.半減期は3~5 分間であるため,継続的な持続静注療法が必要で,最も信頼性の高い治療薬とされ小児でも生存率の改善が認められる.二次性
肺動脈性肺高血圧への使用も我が国でも2004年6 月承認された.エポプロステノール持続静注により血行動態や運動耐容能が改善したとの報告
425)がある.しかし,著しく高い肺血管抵抗が手術適応範囲まで軽減し,術後肺動脈性肺高血圧も長期に回避したとする報告はまだない426)−428).血
管内カテーテル留置による血栓形成からの塞栓や感染のリスクがありその使用は限られる.他の経口薬剤にて循環動態が保てない場合に使用可能
である(Class Ⅱb,Level C).

6)併用療法
 最近では,プロスタサイクリン,ホスホジエステラーゼ5 阻害薬,エンドセリン受容体拮抗薬の併用療法をAdvanced治療またはTarget治療と呼んでい
429).このadvanced治療の中期予後は,死亡のRiskも低く,血行動態の改善もよい412). Eisenmenger症候群に関する内科治療を表30に示す.
 
 
表29 肺動脈性肺高血圧に対する基本治療薬
表30 先天性心疾患に伴う肺動脈性高血圧症の内科的治療指針
成人先天性心疾患診療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Management of Congenital Heart Diseases in Adults(JCS 2011)