①機械弁置換術後
機械弁置換術後は,抗凝固療法を含む周術期管理が必要であるが,弁置換の部位により異なる.僧帽弁置換術後は,大動脈弁置換術後よりも血栓を生
じやすく,特に心房細動を伴う場合には危険性が高い.定期手術の場合には,術前にワルファリンを中止し,ヘパリン静注を開始し(APTTをコントロールの
1.5~ 2.0倍),INR正常化後に手術を行う.手術開始4~ 6時間前に,ヘパリンを中止し,術後48時間以内に再開する.ワルファリンは,できるだけ早期に再
開する.大動脈弁置換術後は,手術2~ 3日前にワルファリン中止,術後2~ 3日で再開する.緊急手術では,ワルファリン中止とともに,新鮮凍結血漿製剤
を静注し,INRを正常化させる.ビタミンKの術前投与は,ワルファリンの効果を長期にわたって阻害するため,推奨されない4),617),618),620),624).
②チアノーゼ性心疾患
チアノーゼ性心疾患では,非心臓手術周術期合併症が多い.出血による循環血漿量減少,急激な体血管抵抗低下,低血圧,低酸素血症,血液濃縮を生
じ,全身状態が悪化しやすいため,厳重な循環管理を必要とする(表61).体血管抵抗への影響の少ない麻酔法を選択し,奇異性塞栓の予防のため,静脈
ラインにフィルターを用いる.また,チアノーゼ性心疾患では,凝固異常があり,手術時大量出血や止血困難を来たしやすいため,術前に瀉血を行い,ヘマト
クリットを65%以下にする.新鮮凍結血漿製剤を併用すると効果が高い.瀉血した血液は,術後自己血輸血をして用いることができる.鉄欠乏性貧血を認め
る場合には,脱水時に血栓形成が起こりやすく,十分な補液に努める.疼痛のため全身状態が悪化することがあり,十分な疼痛管理が必要である.胆石,
胆のう炎はしばしば認められ,手術時には,細菌性心内膜炎の予防が必要である617),618),620),622),623).
③肺高血圧
非可逆性の肺血管閉塞性病変では,酸素需要の急激な増加や血圧の変動に対応できないため,小手術でもリスクは高い.Eisenmenger症候群はリスク
が高く,可能な限り手術を避けることが望ましい.全身麻酔下で出血による循環血液量の減少が起こると,低血圧,低酸素血症,血液濃縮を来たし,死の転
機をとることがある.このため,習熟した麻酔科医の関与が重要である.体血管抵抗に影響の少ない麻酔法を選択し,脱水,出血の早期補正を行い,厳重
な循環呼吸管理が必要である.肺血管を収縮させる低体温,アシドーシス,低酸素血症,血中二酸化炭素蓄積,α刺激薬投与等は避けることが望ましい
618),621),622),625).
④心室機能不全
心室機能不全は,慢性チアノーゼ,圧負荷,容量負荷,心臓手術による二次的心筋傷害,加齢等が原因となる.手術リスクは,心室機能不全と代償の程
度による.術前の運動負荷試験は,血行動態予備能を把握でき有用であり,特に,予備能の低下が疑われる単心室,右室性体心室(修正大血管転位,心
房位血流転換術後の完全大血管転位)では,術前に施行することが望ましい.術中の過剰な補液は避けるべきであり,Swan-Ganzカテーテルや経食道心
エコー法での心機能の術中モニタリングは有用である4),618),626).
⑤ Fontan 術後
Fontan術後は,体静脈肺静脈短絡,肺動静脈瘻等のため,チアノーゼを伴っていることがある.前負荷減少と肺血管抵抗の増大は,肺血流量を減少さ
せ,Fontan循環に著しい影響を及ぼすため,予防と早急な対応が望まれる.低酸素,麻酔薬,アシドーシス,肺血栓,無気肺等は,肺血管抵抗の変動の原
因になる.また,出血,血管拡張,脱水,陽圧呼吸,せきこみ,腹腔鏡検査等は,前負荷減少の原因となる.長時間の手術では,静脈血栓形成に注意が必
要である.また,手術が引き金になって上室性頻拍を起こすことがあり,対応が必要である4),617)−619).
⑥不整脈
非心臓手術の際に,不整脈が発生することは少なくない.循環血液量の急激な変動,低酸素血症の進行,電解質異常,カテコラミン分泌亢進や亢心臓薬
の投与が不整脈を誘発する可能性があり,早期の対応が望まれる.上室性頻拍は,心機能不全,房室弁逆流,心房位血流転換術後,Fontan術後,40歳
以上の未修復術患者,心房中隔欠損閉鎖術後,WPW症候群を合併するEbstein病等に認められることがある.心室頻拍は,Fallot四徴等の心室内修復
術後や心機能不全でみられることがある.血行動態に影響を及ぼしている場合には,直ちに治療を行う.持続性心室頻拍の場合には,電気的除細動等早
急に対応できる準備が必要である.抗不整脈薬を定期的に内服している患者では,術後早期に再開する615),618),627).