成人および思春期の先天性心疾患はいくつかの特徴を共有しているが629),630),周術期合併症に影響を及ぼす因子として肺高血圧,チアノーゼ,不整脈,
心不全,再手術がある.
①肺高血圧
肺静脈性の原因によっても肺高血圧を発症するが,大きな短絡による肺血流の増加や圧負荷によることが一般的である.Eisenmenger症候群の周術期死
亡率は高く625),手術適応は絶対不可避のものに限る631).麻酔時は肺血管抵抗の上昇を防ぎ,体血管抵抗を維持することを管理目標とする.急激な肺血
管抵抗の上昇は心内短絡がない場合は右心不全から,心内短絡がある場合は動脈血酸素飽和度の低下から心不全となり心停止を起こす.予防および治
療として,純酸素による過換気,アシドーシスの補正,交感神経刺激の遮断,体温の維持,低胸腔内圧の維持,陽性変力作用薬の投与,一酸化窒素やエ
アゾル化したPGI2 製剤の吸入を行う631).麻酔方法は局所麻酔が選択されることが多い.脊椎麻酔,硬膜外麻酔では自発呼吸が温存でき陽圧換気が避け
られる.しかしながら,体血管抵抗の低下による心内の右左短絡の増加631),前負荷の低下が起こり,過換気にする等の呼吸管理ができないことに十分留
意する.全身麻酔は陽圧換気により肺血管抵抗を増加させるものの呼吸パラメーターの管理が容易であり,ハイリスク症例ではその選択も考慮する.脊椎麻
酔,硬膜外麻酔か全身麻酔かの選択は患者の状態,手術侵襲,それぞれの麻酔法の得失を十分に考慮し慎重に行う.
②チアノーゼ
チアノーゼ患者は,低酸素暴露による赤血球増多症とともに凝固系の異常と血小板数や血小板機能低下を呈するため小手術であっても血栓と出血のリス
クが高い.赤血球の変形能低下を来たす鉄欠乏,脱水は血栓のリスクを高めることになる632).そのため,時間的な余裕があれば鉄欠乏の補正を行い,術前
の絶食時には経静脈的な補液を考慮する.術前の寫血も考慮する.血液粘度上昇による細動脈の拡張や組織の血管増生631),体動脈から肺動脈への側副
血行路,高中心静脈圧も出血のリスクを高めている633).INR値やAPTT値は異常値を示すが,出血時間は血液粘度の上昇と低循環により異常を示さない場
合がある.また赤血球増多症では血漿成分が減少しており通常の検査用試験管内のクエン酸量で測定した場合のINR値やAPTT値の信頼性は低いことに
注意する631).
③心不全
心室の圧・容量負荷やそのためのリモデリング,チアノーゼの影響等により左,右心不全を合併することは珍しくない.左心不全は後天性心疾患による心
不全の管理と同様に利尿薬,アンジオテンシン変換酵素阻害薬,β遮断薬等により術前から十分な管理を行う631).
④不整脈
最も頻度が高いものは右房を起源とする心房リエントリー性頻拍である.心房性頻拍はしばしば薬物治療に抵抗し,循環動態の悪化を招く.40歳以降に行
われた心房中隔欠損症閉鎖術634),Senning手術,Mustard手術,Fontan手術等の心房に操作を加える手術の後によく見られる.心室性不整脈は左,右心
不全症例によく見られる.心室切開を伴う手術後,術後早期,適正な時期よりも遅くに手術が行われた症例,心室がチアノーゼ,容量負荷,圧負荷に長期間
さらされた症例も心内伝導性に変化を来たしておりリスクが高い631).
⑤再手術
癒着剥離のため出血量が多くなる可能性がある.特に胸骨切開時には心臓,大血管の損傷により大量出血することがある.癒着のため術野での電気的
除細動ができないことがあるため除細動パッドの貼付を考慮する.