①術前評価
術前評価は外科医,循環器内科医,麻酔科医,集中治療科医を含めて集学的に行う.術前評価のみならず周術期管理には心エコー法および心臓カテー
テル検査,既往手術術式等から患者の疾患に特異的な解剖と生理についてよく理解しておく.疾患自体や既往手術に特異的で高頻度にみられる術後遠隔
期合併症に注意する.チアノーゼを呈している患者では長期の低酸素暴露により心635),腎636),肺,中枢神経の機能障害632),637),638)を来たしていること
が多い.予定された手術手技,片肺換気の要否,体位を確認しその及ぼす影響も評価する.右- 左短絡のある患者ではルームエアでの動脈血酸素飽和度
モニターも重要である.最近に検査が行われておらず,以前の検査データしか手に入らない場合は術前の心エコー法を考慮する639).また,これらに加え加
齢による合併症すなわち高血圧,糖尿病,冠動脈疾患等の評価も行う.
1)前投薬
前投薬は,その呼吸抑制作用により高二酸化炭素血症,肺血管抵抗上昇を来たす場合があるため,特に肺高血圧を合併する患者や体−肺短絡を有する
患者では慎重に用いる.このときチアノーゼ患者では呼吸に対する低酸素刺激への反応は減弱しているが,二酸化炭素刺激に対する反応は正常に保たれ
ていることに注意する640).
2)感染性心内膜炎の予防
②術中管理
1)モニタリング
患者の解剖学的,生理学的な特徴を理解することが適正なモニタリングとその評価にも欠かせない.パルスオキシメーターは,右─左短絡の流量の変化
を推測できる.すなわち,右−左短絡量が増えれば酸素飽和度は低下する.一方,左−右短絡量の変化を推測することは困難である.カプノグラムは右−左
短絡が存在するときには,死腔効果のため動脈血二酸化炭素分圧を過小評価する641).Blalock-Taussig短絡術を施行されている患者では,用いた鎖骨下
動脈側での観血的動脈圧の測定,パルスオキシメーターの使用はできない.短絡術に人工血管を用いている場合でも観血的動脈圧は過小評価されること
がある.両方向性Glenn手術の場合上大静脈圧は肺動脈圧を示し,体心室の拡張終期圧を近似するのは下大静脈圧である.Fontan手術術後では中心静
脈圧は肺動脈圧を示し,経皮的に体心室の拡張末期圧を測定することは困難である.肺動脈カテーテルの留置は解剖学的に困難なことが多い.経食道心
エコー法も有用であるが,非侵襲的ではないことに注意する.
2)麻酔方法
麻酔方法は患者の状態,手術侵襲,それぞれの麻酔法の得失を十分に考慮し選択する.多くの麻酔薬は心筋収縮力を抑制するが,オピオイドは心筋収
縮力の抑制が非常に少なく心機能が低下した症例においても比較的安全に使用できる.特にフェンタニルは重篤な副作用も少なく用いやすい642),643).ケタ
ミンは心筋酸素消費量を増加させるが心拍出量,体血管抵抗を保つとされ,心不全患者に有用な可能性がある644),645).その一方,肺血管抵抗を上昇させ
る可能性もあることに留意する644),646).麻酔導入時,右- 左短絡のある場合,吸入麻酔薬の効果発現は遅れ,静脈麻酔薬は早まるが,左- 右短絡の場
合,その影響は非常に少ない647)−649).短絡血流がある場合は十分な体血流量を維持しながら体,肺血流のバランスを維持することを循環管理の目標とす
る.そのために気道内圧,吸入気酸素濃度,動脈血二酸化炭素分圧等肺血管抵抗に影響する因子を状況に応じて調整する.体血管抵抗の調節も重要で
ある.体血管抵抗の低減は肺血管抵抗を増加させるのと同様の効果を持つため,体血管抵抗の調節も重要である.浅麻酔は交感神経刺激により体血管抵
抗を上昇させ肺血管抵抗減少と同様の効果を示す.左−右短絡のある場合(心房中隔欠損,心室中隔欠損等)は体血管抵抗の上昇に注意する.無痛分
娩,帝王切開には脊椎麻酔,硬膜外麻酔を考慮する.体−肺短絡のある場合(Blalock-Taussig短絡等)は低酸素血症を呈していることが多く,体血圧の低
下はさらなる低酸素血症を招くため体血管抵抗の低下に注意する.未修復術のFallot四徴のようなチアノーゼ患者では吸入気酸素濃度を上昇させるより体
血管抵抗を上昇させる方が動脈血酸素飽和度の上昇につながる.このような場合は,体血管抵抗を下げる脊椎麻酔より全身麻酔を考慮する.このような疾
患特異的な複雑な生理を考慮に入れて麻酔管理を行う必要がある.短絡血流がある場合,静脈ラインからの空気の混入も奇異性塞栓を起こす可能性があ
るので十分注意する.