1.妊娠
2.全身麻酔
3.脱水
4.大量出血,貧血
5.非心臓手術
6.心臓手術
7.血管拡張薬,利尿薬,経口避妊薬(一部),鎮痛解熱薬
8.心臓カテーテル検査,運動負荷試験
9.フィルターのない静脈ライン,長時間の座位
10.高地訪問
11.下気道,肺感染
1.血液学的異常
赤血球数の増加
エリスロポエチン高値
過粘稠度症候群
出血傾向(血小板減少,von Willebrand因子異常,血管拡張,新生血管増生)
脳血栓
肺内出血・喀血
2.ビリルビン代謝異常
胆石・胆のう炎
3.尿酸代謝異常
尿酸値高値・痛風発作
4.低コレステロール血症
5.腎合併症
蛋白尿,腎機能低下,ネフローゼ症候群,腎不全
糸球体毛細血管拡張,間質細胞増生
6.運動時心肺異常反応
運動時多呼吸,酸素消費量増加不良
7.全身血管系異常
末梢血管拡張,血管新生,冠動脈拡張,冠血流予備能低下
8.四肢,長管骨の異常
ばち状指,肥厚性骨関節症
9.感染性心内膜炎
4 チアノーゼ型先天性心疾患にみられる全身系統的異常
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 未修復術あるいは姑息手術後のチアノーゼ型先天性心疾患は,長期にわたる低酸素血症とそれに付随した二次性赤血球増多により,中枢神経系,血液凝固系,全身血管系,心筋・冠循環,尿酸代謝,腎臓,四肢骨格等,全身多臓器の異常を伴う(表11).これらの合併症を早期に診断し,悪化因子を除去し(表12),予防と的確な治療を行うことが,QOLや予後を改善させるために重要である.我が国の多施設共同研究では,チアノーゼ型先天性心疾患の長期予後は,18歳以降の10年生存率91%,20年生存率84%と,これまでの報告に比べ良好であり,これは近年の早期診断と治療の開始を反映しているものと思われる135)

①過粘稠症候群

 慢性低酸素に伴いエリスロポエチン分泌が増加しているため,常に骨髄造血が亢進している.このため赤血球数が増加し,その程度に応じて血液粘稠度は上昇する.血清鉄が欠乏し相対的鉄欠乏性貧血を合併すると,赤血球形態は球状となり血球の変形能は低下し,末梢循環障害を来たし,組織への酸素運搬能は低下する.その結果,頭痛,めまい,失神,視力障害(複視,ぼやけ),耳鳴,筋肉痛,筋力低下,手指や口唇の感覚異常等過粘稠度症候群を来たし,脳血管障害(脳血栓)の危険性が増す.一般的に,ヘマトクリット値65%以上で過粘稠症候群の症状を認めるが,慢性消化管出血や大量生理出血等鉄欠乏性貧血を合併する場合には,65%以下でも症状を来たしやすい.これに対し,鉄欠乏のない正球性赤血球増加の場合には,ヘマトクリット値が65%以上であっても,症状がないか軽度である.

【管理指針】まず,脱水と鉄欠乏貧血の有無を判定し,これらがあれば補正を行う.瀉血の適応は,脱水と鉄欠乏貧血を改善しても明らかな過粘稠症候群があり,ヘマトクリット値が65%以上の場合とする(ClassI).術中出血を軽減するため,術前にヘマトクリット値65%以下を目標に瀉血を行う場合があり,凍結血漿等で凝固因子を補充する.ヘマトクリット値のみに基づく頻回の瀉血は,鉄欠乏を来たし血液粘度をさらに上昇させ悪循環となり,脳血栓の危険性も高まるため,過粘稠症候群の症状がない限り避けることが望ましい4),136)−138).

②出血傾向

 約20%のチアノーゼ性心疾患で,血小板の減少や機能異常,von Willebrand因子やその他の凝固因子の減少等の出血凝固系異常が認められる.さらに,赤血球増加に伴い血管内皮のshear streess が上昇し,一酸化窒素,プロスタグランジンやVEGF(vascular endothelial growth factor)産生が亢進し,細動脈拡張や毛細血管増生を生じる.この出血凝固異常と細動脈拡張や毛細血管増生のため,臨床上出血しやすい状態にある.喀血(肺外出血),肺内出血の頻度は高く,下気道感染時に多く認められ,時に致死的となる.Eisenmenger症候群の肺動脈瘤破裂と肺動脈血管梗塞,肺血流減少性心疾患に合併する体肺側副血行路や肺内新生血管からの出血が原因である.

【管理指針】中等度以上の肺出血が疑われる場合は,原則として入院安静とし,胸部X線や必要であればCTスキャンで,出血の程度や部位,肺血栓の有無を確認する.出血量が多い場合は,血液製剤投与やビタミンK製剤投与を行う.内因性のvon Willebrand因子誘導薬である,Desmopressinが有効な場合がある135).側副血行路からの出血の場合,責任血管のコイル閉鎖術が有効な場合もあるが,明らかな責任血管が不明である場合が多い.また,出血急性期に施行する場合には,出血を助長することがあり,その施行には慎重な検討が必要である.気管支鏡検査は,元来出血傾向のあるため出血を助長する可能性があり,また出血部位の同定に有用でない場合が多く,一般的にはすすめられない135),137)−143)

③腎障害,尿酸代謝異常

 腎機能異常として,蛋白尿,高尿酸血症,糸球体硬化症がある.過粘度の血液ろ過が行われるため,糸球体内静水圧が上昇し,蛋白尿を生ずる.ネフローゼ症候群,チアノーゼ腎症(血清クレアチニン>1.5mg/dL)となる例も見られるが,最近の全国調査では,チアノーゼ性先天性心疾患患者の1.6%と頻度は低い143),144)

【管理指針】チアノーゼ性腎症に,ACE阻害薬が有効との報告があるが,末梢血管の拡張に伴う右左短絡の増加により,チアノーゼの増強や赤血球増多を助長する可能性があり,注意が必要である.定期的な血液検査,尿検査が必要である.糸球体濾過率(GFR)が著しく低下した症例では,造影剤や薬剤投与(特に抗菌薬やACE阻害薬等)には注意を要し,適切な投与量の設定が必要である135),137),145)−147)

④尿酸代謝異常

 血清尿酸値はヘマトクリット値と正相関し,加齢とともに上昇する.フロセマイド投与例でも上昇する.赤血球増多に伴う尿酸産生増加と尿細管異常による尿酸の再吸収増加が主な原因と考えられている.尿酸腎症や尿酸結石を来たすことはまれである.約20%程度に痛風性関節炎がみられるが,尿酸値の値から予想されるほど高頻度ではない.

【管理指針】痛風発作時の治療法は一般的な痛風性関節炎と同様であり,コルヒチンやアロプリノールが有効である.無症状の高尿酸血症に対して治療は行わないが,136),137),141)痛風発作既往例では,尿酸産生抑制薬,排泄促進薬の投与や食事の指導と尿のアルカリ化を計ることも行われる.

⑤中枢神経系異常

 脳梗塞,脳出血,脳膿瘍等がある.脳血栓の発症率は低く,赤血球増多単独では脳血栓の危険因子とはならない.しかし,チアノーゼ性先天性心疾患成人例に頭部CT検査を行うと,無症候性の陳旧性脳血栓を認めることが少なくない.

【管理指針】
本来出血傾向が強く,肺出血が致命的になることがあるため,脳血栓予防のための抗血小板薬,抗凝固薬投与は,できるだけ慎重になるべきである.しかし,脳血栓・塞栓を含む全身血栓既往例や,心房細動,妊娠後期,Fontan術後等の凝固能亢進状態では,抗血小板薬や抗凝固薬投与が検討される137),148)−150)

⑥ビリルビン代謝異常(胆嚢結石,胆嚢炎)

 赤血球増多により,肝臓でのビリルビン処理能を超えたビリルビン過剰産生により,胆道内の非水溶性の非抱合ビリルビンが増加する.このためと慢性の腎機能低下のため,胆嚢内にビリルビン石が生じやすく,胆嚢炎の併発も少なくない2).修復術によりチアノーゼや赤血球増多が解消した術後長期遠隔期でも,胆石保有率は高く150),急性胆嚢炎を認めることがある.時にグラム陰性菌による菌血症を伴うことがあり,心内膜炎の合併にも注意が必要である.症状がない限り,手術は控えた方が望ましい135),137).(非心臓手術の項参照

⑦末梢血管拡張,増生

 赤血球増多.血液粘稠度の増加に基づくshear stress増大により,血管内皮を介して一酸化窒素(NO),プロスタグランジン分泌亢進が起こり,末梢血管拡張が生じる.さらに,血管新生が盛んで全身の末梢血管,毛細血管が増生する.このような末梢血管床の発達は,慢性的な組織低酸素状態に対する二次的な反応と考えられている.

【管理指針】
元来の血液凝固異常や末梢血管拡張や増生のため,手術時に大量出血を伴うことがあり注意が必要である135),137)

⑧冠動脈異常,心筋障害


 心筋細胞肥大がないにもかかわらず,冠動脈拡張・蛇行が認められる場合がある.これは,末梢血管拡張の発症機序と同様で,心筋の慢性酸素欠乏状態に対する適応反応と考えられる.冠動脈が拡張していても,動脈血酸素飽和度の高度低下例,心筋肥大例,酸素需要の高い状態では,それに見合うだけの酸素は供給されない.また,冠動脈血流量は安静時,負荷時ともに一般人と比較し多いが,冠血流予備能は低下している.そのため,慢性低酸素血症に伴う二次的な心筋障害が長期にわたり,非可逆性の心筋障害へと進行する135),151). 

 脂質代謝異常があり,血中総コレステロール,LDL(low dens i ty l ipoprotein),HDL(high dens i ty lipoprotein)のすべてが,心修復術後でも低値をとる.また,冠動脈粥状硬化病変は認められず,虚血性心疾患の頻度も非常に低い135)

⑨四肢の異常

 ばち状指,肥厚性骨関節炎等が合併する.肥厚性骨関節炎は約30%に認められ,無症状から高度の圧痛や自発痛を伴うものまで症状は様々である.側弯も高頻度に認められ,重症例では,呼吸機能を障害し,整形外科的治療を要する場合もある.爪周囲組織の増生や骨膜肥厚等の増殖性変化は,腎臓での細胞増生と同様に巨核球,血小板組織増生因子と関連する135),152)

⑩運動に対する心肺の特異的反応

 安静時には,呼吸数増加と動脈血二酸化炭素分圧の上昇があり,運動開始後には早期に呼吸数増加が見られることが特徴である.運動開始後早期多呼吸は,運動による体血管抵抗低下に伴う右左短絡の増大,末梢低酸素による代謝性アシドーシスに対する二次的反応である.運動制限は,多くの場合,心機能低下ではなく呼吸困難に起因する.運動時の酸素消費量は,肺血流量と肺動静脈酸素飽和度較差に依存するため,肺血流量増加が少ない本疾患群では,運動時の酸素消費量の増加が少なく,安定状態となるまで長時間を要する.また,運動後,クレアチニンリン酸の再合成が遅れるため,回復時間も遅延する.組織低酸素や骨格筋内乳酸値上昇も,運動耐容能を大きく制限する因子である135),137)

⑪飛行機旅行

 飛行機旅行での問題点は,低酸素,静脈血栓,生理的精神的ストレス,心疾患病態悪化(不整脈,肺血栓等),感染症への暴露である.機内では,気圧低下に伴い約8%の酸素飽和度の低下が起こるが,無意識の多呼吸で対応しているため,全身状態には影響を及ぼさない.チアノーゼ性心疾患患者では,赤血球増加と酸素解離曲線の右方偏位により,組織への酸素運搬が維持されているため,影響は少ない.しかし,状態悪化時の対応に備え,酸素ボンベの準備は望ましい(ClassⅡ).機内は,湿度が非常に低いため,脱水による血液濃縮,血栓形成,静脈血栓を生じやすい.特に,12時間以上の長時間の飛行では,深部静脈血栓からのthromboembolismや脳血栓の危険性が高いため,十分な水分補給(アルコールやカフェインを含まない水分)による脱水の予防が重要である(ClassI).また,着席での下肢の運動,時々の離席と機内歩行,弾力ストッキングの着用等の工夫が必要である.特に,Fontan術後で抗凝固療法を行っていない場合には,一時的にアスピリンを1 週間前から帰国まで服用させることも血栓塞栓の予防として有用である.また,過度の緊張や空港内の長距離の移動を避けるため,車いすの利用を考慮する.これらの注意点を守れば,飛行機による旅行も十分に可能である4),137),153)−155).肺高血圧を有する患者でチアノーゼを伴わない場合は,反応性の多呼吸が十分でないことが多く,あるいは,多呼吸を生じても酸素解離曲線の左方偏移が起こり組織への酸素運搬が低下する.この低酸素や脱水が肺高血圧クリーゼを誘発しやすく,飛行機旅行はすすめられない.しかし,Eisenmenger症候群のように肺高血圧にチアノーゼを伴う場合は,赤血球増加と酸素解離曲線の右方偏位により飛行中の毛細管酸素分圧低下はわずかであり,組織への酸素運搬はほとんど減少しない.このため,Eisenmenger症候群の飛行機旅行は,安全とされている153),156)
 
 
 
表11 チアノーゼ先天性心疾患の全身合併症(文献135より改変)
表12 チアノーゼ先天性心疾患の状態悪化因子
成人先天性心疾患診療ガイドライン(2011年改訂版)
Guidelines for Management of Congenital Heart Diseases in Adults(JCS 2011)